コロネット作戦!幻の本土決戦場ツアー?!

こんばんわ、リョウセイであります。
今回は太平洋戦争末期、もしもコロネット作戦が行われていたら戦場となったかもしれない
九十九里浜の飯岡付近に行ってきました。
コロネット作戦は連合軍による九州上陸を主眼としたオリンピック作戦に続いて行われる予定だった、
本州上陸作戦の名称だそうです。
その際は九十九里浜にも上陸作戦が行われたそうです。
飯岡はその北端にある町で、日本軍の防御陣地が残っているとの情報を得たので探してきましたよ。

最初は匝瑳市に残る掩体壕
ここは日本海軍の飛行場があった香取基地跡。
なので戦闘機用の掩体壕が5つ程残っているそうです。
今回、余が確認したのは3つです。
これは比較的保存状態が良好な二基。
割と分かりやすい位置にあります。

近寄ってみたら、以前はなかった説明板が立っていた。
漸く戦争遺跡も文化財と認められる様になった証ですね。

一つはトタンで塞がれていますが、こちらは「くぱぁ!」状態ですよ。
おかげで安心して中に入れます。
なお、今回は農閑期なので周囲の田んぼも歩けるのでぐるりと一周してきました。
車の車庫に最適ですね。

ちなみにここがバッテンの形をした滑走路の中心付近。
かつて来た時は、まだコンクリの滑走路が残っていたんだが、今では整地されて草ボーボーです。
画面に見える日清紡の工場内には滑走路がテストコースとして残っているとの情報もあるが、真相はどうよ?

近くにある鎌数伊勢大神宮(かまかずいせだいじんぐう)の裏付近に残る掩体壕
こちらも農具の倉庫として使用されている。
隣りの軽自動車と比べてくれれば大きさが理解できるでしょう。

国道126号線沿いにある鎌数伊勢大神宮(かまかずいせだいじんぐう)。
海軍パイロットさん達もお参りに来た由緒ある神社である。

さて、今回のメインディッシュですよ!
飯岡の浅間神社下にある秘密の入り口。
ちなみに駐車場はないので、「本田はおにぎり号」を停める場所を探して、30分ぐらいぐるぐるしちゃいました。
おかげでここに来た時は、感無量でしたよ。
なお浅間神社は看板が倒れていて場所が分かりづらかった。
なので看板を見やすい位置に置き直してきたじぇ!
ところでこの入り口は立ち入り禁止だ。みんな、気を付けろよ。

前に回るとそこにはプライベート・ライアンに出てきたノルマンディー海岸のトーチカみたいな銃眼があったじぇ!
これまた保存状態は良好だ。
これはすごいと思ったよ。まだこんなものが残っていたなんて、英機感激!!

銃眼部から中を覗いてみたが、これが狭い。
おまけにカメラが奥まで届かないので、中までは撮影出来なかった。

嘗ての防御陣地も今はすっかりガサ藪に埋もれてしまっている。
まあ、おかげでひっそりと生き延びられているのだろう。
ここから海岸までは2キロぐらいなのだが、ここでは艦砲射撃でイチコロではないだろうか?

これが浅間神社がある山ってか岸壁?
こんな感じの崖が海に沿って延々続いている。
上陸してきた敵に対しては天然の要塞となるのだろうか?

お次はトーチカから車で10分ぐらいの場所にある戦闘指揮所なる建物だ。
周囲は山とたんぼである。
そんな凸凹した場所に遠くからでも見える四角いコンクリが見える。

近寄ってみると、この建造物の異様さが分かるだろう。
こんなのが山林の中にででんとあるんだぜ。

中に入ると、やっぱり農機具の倉庫になっていたよ。
広さはさほど広くはない。
せいぜい16畳ぐらいかな?
しかし内壁は意外とキレイだが、補修されているのだろうか?

ついでなので近くにある防衛省の新型レーダーの研究所も見てみる。
これが噂のメロンパンだ。
この前のデボドンも、バッチリ映ったそうだ。
しかしここに来た時は、豚小屋の臭いがすごかったよ。
まあ、コミケの東館よりはマシだがね。

飯岡には風力発電の風車がいっぱいある。
これは造りかけの風車の部品。
こう見るとペラだけでもデカイっす。

九十九里沿いにある松尾城跡。
明治初期に造られた西洋式保塁を模した城郭である。
今は中学校なので詳しくは探索していない。
ここも、もしコロネット作戦が行われたならば、戦場となったかもしれませんね。

そんな訳で今回は九十九里浜、幻の本土決戦場ツアーでした。
では。