レイテ沖、栗田艦隊反転の悲劇?!

太平洋戦争の末期である1944年10月25日、栗田艦隊はレイテ沖で反転し突入を断念した。
それから64年後、再び悲劇は起きた!
なぜか銀座でッ!!

その日、早朝の銀座に余は現れた。
とあるお人形メーカーのイベントに参戦する為にである。
朝の7時半だというのに、すでに並んでいる人がいた。
お店の開店は10時だというのに気が早い人たちだ。
と言うのも他の店は抽選なのだが、銀座店だけは先着順なのだ!

9時45分頃に入場整理券が配られた。
余の順番は28番だった。
これが運命の分かれ目だったよ。
10時に入店したのだが順番ずつ一人ずつ商品を選んでレジをするシステムだった。
なのでお目当てのウィッグは余の順番が来る前に売り切れてしまったよ。
なんでも12個ぐらいしかなかったらしい。
棚から商品が無くなっていくのが並んでいる余からも見えた。
最後の一個が無くなった瞬間、余は列から抜け出すと反転し店内を後にしたのであった。

で、翌日チョー早朝になるのだが、イベントは土日なので二日目にリベンジを試みた余であった。
今度は一番だぜ!これで確実にゲット出来る事間違いなし!!
しかし8時になっても誰も来ない。
イヤな予感がしたのでアキバ店に行ってみる。
するとこっちも誰もいないし行列もない。
不安になった余はネットでいろいろ検索したよ。
そしたらイベントは二日あるのに抽選は土曜日だけとなっていた。
つまり日曜日は売る商品がないので行列も出来ないらしい。
ガッテーム!!
仕方がないのでラジヲ会館の前で反転し帰路に着く。
今回は余の惨敗であった。
次は始発で逝くしかない!!

そんな訳で早起きしてしまったのでドライブに行く事にした。
とりあえず向かったのは流山。
途中で新撰組の屯所があったので立ち寄る。
確か名主かなんかの邸宅が在った場所で国道から入った場所に近藤勇陣屋跡との標識がある。
ブームは去った為か寂しいかぎりであった。

流山を目指したのはマイナー城郭巡りをする為であった。
最初に来たのは花輪城。県道沿いに石碑があるのは数年前から気付いていたが寄るのは初めてである。
城郭の殆どは浄水場になっていて残っているのはホンの一部であった。

公園内にある琵琶首観音堂跡。
いったいどんな建物だったのかは不明。
更にこの傍に復元された(?)小さな橋と東屋があったが、東屋はすでにホームレスのおっちゃんに占拠されていた。

次は近くにある前ヶ崎城。ここも公園になっており綺麗に整備されている比較的立派な城跡である。
写真は北側の公園入口である。

主な残存部分は最北の曲輪で周囲には土塁や空堀が残っていて見応えがあった。
ちなみに図面の下が北である。

図面左側の土塁。なかなか感じがいい。
公園化されているので近くまで苦もなく行ける。
ただしスズメバチがいたので土塁に昇るのは止めたよ。怖いし。

南西の櫓台。上には小さな祠があった。
とりあえず拝む。

南側の土塁と空堀。けっこう大きいし深い。
堀の中には工場の建物があった。
この前に二の郭があり、さらにその前に三の郭があるが今は住宅地となっている。
そう考えるとここは結構規模が大きい城であったと思われる。
花輪城と比べると見応えがあってよかった。
そういえばここを見ていたら老夫婦がやって来た。
どうやらここが城跡だと解って来たようだ。強者かもしれんな。

お次は柏市に移動する。
増尾城である。
駐車場脇から入るとそこはもう城跡だ。

嘗ての大手口かと思われる入り口。正面に櫓台がある。
これはなかなかの雰囲気抜群な感じである。
テンション上がってきたYO!!

大手口を別角度から撮影。
これがまた格別な雰囲気である。予想以上によい城跡だ。
土塁の高さは4メートルほどある。上から見ると迫力満点だぜ。

主郭と思われる空間。周囲を土塁が囲んでいる。
なお隣接した部分に同規模の曲輪があるのであるいはそちらが主郭かも知れない。
下の図だとこっちを副郭としている。
そっちの曲輪の周囲にも小さな郭があって楽しい。
散歩するだけでわくわくするぜ。

図面を見ると立派さが解る。
これだけの規模で城跡が残っているのはすごいと思う。柏市に感謝。

説明板のそばにあった石碑。
いかにもである。
ここは本当に予想外に立派な城跡であった。
これだからマイナー城郭巡りは止められないな。

最後は増尾城の全景。
意外と撮り忘れるのが城山全体の写真なんだな。
城内に入ってしまうと忘れるんだ。
後は全景が撮れる場所で、なかなか車を停められないんだよな。
でも今回は大丈夫。ちゃんと撮ったよ。

銀座での屈辱から一週間。やっと日記を書く事が出来た。
この屈辱、二度と忘れん!!